南海トラフの新しい被害想定と「10年で8割減」|数字をわが家の行動に翻訳する

「南海トラフ巨大地震で死者は最大約29万8000人」。この数字を見たとき、多くの人はまず息をのみ、次に「自分に何ができるのだろう」と手が止まってしまうのではないでしょうか。私も最初に見たときはそうでした。けれど、この数字を公表した内閣府の資料をきちんと読み進めると、印象がずいぶん変わります。国はこの数字を出しっぱなしにしたのではなく、4か月後に「10年かけて8割減らす対象」として計画に組み込んでいます。そして、その8割減の中身をたどっていくと、かなりの部分が国の工事ではなく、各家庭の行動にかかっていることがわかります。この記事では、公表された一次資料の数字を、わが家のやることリストに翻訳していきます。
2つのニュースを整理する|「被害想定」と「減災目標」は別物
2025年から2026年にかけて南海トラフ地震のニュースが増えましたが、実は性格の違う2つの発表が続けて出ています。ここを混ぜてしまうと話が見えにくくなるので、最初に切り分けておきます。
| 新しい被害想定 | 改定された推進基本計画 | |
|---|---|---|
| 公表・決定日 | 令和7年(2025年)3月31日 | 令和7年(2025年)7月1日 |
| 主体 | 中央防災会議 防災対策実行会議 南海トラフ巨大地震対策検討ワーキンググループ(報告書とりまとめ) | 中央防災会議(第45回)本体 |
| 中身 | 最大クラスの地震が起きたらどうなるかの推計 | その被害をどこまで減らすかの目標と施策 |
| 家庭にとっての意味 | 現状のままだとこうなる、という出発点 | 10年後に目指す到達点と、その手段 |
なお、この2つは別々の組織が出したものではありません。被害想定をとりまとめたワーキンググループは、中央防災会議の防災対策実行会議の下に置かれた検討の場で、その報告を受けて中央防災会議本体が計画の変更を決定した、という流れです。事務局はいずれも内閣府(防災担当)が担っています。
つまり「29万8000人」は現状の延長線上に置かれた出発点の数字で、「8割減」はそこから引き算していく目標です。ニュースの見出しになりやすいのは前者ですが、家庭にとって行動につながるのは後者のほうです。
被害想定の公表日と主体は内閣府防災情報のページ「南海トラフ巨大地震対策検討ワーキンググループ(令和5年~)」、推進基本計画の決定日と主体は内閣府「南海トラフ地震防災対策推進基本計画」および首相官邸「令和7年7月1日 中央防災会議」によります。
新しい被害想定は何を示したのか
まず出発点となる数字を、幅を含めて正確に押さえておきます。ここが曖昧なままだと、あとの「8割減」の意味も読み取れません。
死者数は「幅のある数字」として出ている
報道でよく見る「約29万8000人」は、条件をそろえた最大値です。内閣府の資料では、地震動は陸側ケース、津波は東海地方が大きく被災するケース、季節と時間帯は冬の深夜、風速は毎秒8メートルという条件で、死者数合計を約17万7000人から約29万8000人としています。この幅は、主に津波から早く逃げられるかどうかで生まれます。
推進基本計画の変更の概要でも、直接死は約17万7000人(早期避難意識70パーセント)から約29万8000人(早期避難意識20パーセント)と、避難意識の水準を明記したうえで幅で示されています。同じ地震でも、住民がどう動くかで結果が10万人以上変わるという書き方になっているわけです。
さらに、この死者数には含まれない数字として、災害関連死が約2万6000人から約5万2000人と推計されています。避難生活のなかで体調を崩して亡くなる方の想定で、発災後の状況によってはさらに増えるおそれがあるとされています。
メモ
建物と経済の被害
物的被害は、建築物の全壊焼失棟数が最大約235万棟(冬・夕)と推計されています。経済の面では、被災地の資産等の被害が陸側ケースで約224.9兆円、全国の経済活動への影響(生産・サービス低下に起因するもの)が約45.4兆円とされ、これとは別の独立した推計として、道路の機能停止(6か月)で約5.2兆円、鉄道の機能停止(6か月)で約2.7兆円、港湾の機能停止(1年間)で約14.1兆円という数字が示されています。
死者数・全壊焼失棟数・被害額は、内閣府(防災担当)「最大クラス地震における被害想定について(定量的な被害量)」および「南海トラフ巨大地震対策検討ワーキンググループ報告書 概要」によります。いずれも堤防・水門が正常に機能した場合などの前提条件つきの推計です。
揺れと津波が届く範囲
家庭にとって切実なのは「うちはどうなのか」です。変更の概要によれば、震度6弱以上が想定されるのは神奈川県から鹿児島県までの主に太平洋側の広い範囲で600市町村、震度7は静岡県から宮崎県までの主に沿岸域の一部で149市町村とされています。津波については、福島県から沖縄県の太平洋側の広い範囲で高さ3メートル以上が到達し、高知県幡多郡黒潮町と土佐清水市で最大約34メートル、静岡県静岡市・焼津市、和歌山県東牟婁郡太地町・串本町では1メートル以上の津波が最短2分で到達すると示されています。
「南海トラフ」と聞くと東海から四国の太平洋岸をイメージしがちですが、揺れも津波もそれよりずっと広い範囲に及ぶ想定になっています。まずは自分の住む市区町村がどの区分に入るかを、自治体のハザードマップで確認しておくことが出発点になります。
「10年で死者8割減」という減災目標
令和7年7月1日、第45回中央防災会議で南海トラフ地震防災対策推進基本計画の変更が決定されました。この計画の第3章に、次のような減災目標が書かれています。
ヒント
あわせて、備蓄などの備えやライフライン・インフラの被害軽減の取組により、災害関連死や経済的被害も最大限減らすことを目指すとされています。
この目標には、いくつか押さえておきたい前提があります。
- 期間は、具体目標については基本的に令和8年度から今後10年間で達成すべきものとされています。つまり2026年度が起点です。
- 目標の対象地域は、南海トラフ地震防災対策推進地域です。従来の全国目標に加えて、推進地域を対象とした目標が充実化されました(家具の固定率など、全国を対象とする具体目標も残っています)。なお市町村の数は、計画本文では「推進地域(707市町村(1都2府26県))」と記載されていますが、同じ令和7年7月1日付で内閣府が公表している指定市町村一覧では「令和7年7月1日現在 計1都2府27県723市町村」とされ、長崎県の8市町(長崎市・佐世保市・諫早市・平戸市・五島市・西海市・雲仙市・新上五島町)などが加わっています。わが家が対象地域かどうかの最終確認は、この指定市町村一覧で行うのが確実です。
- 目標を支える具体目標の数は、48個から205個に拡充されました。
- そのうち「命を守る」「命をつなぐ」ために完遂すべき特に重要な施策には印が付けられ、重点的にモニタリングが行われます。
「命を守る」対策とは、住宅の耐震化や津波対策、適切な避難行動の促進、インフラの強靱化、救助体制の強化など、直接死を減らすための取組を指します。「命をつなぐ」対策とは、救急救命の強化、ライフラインの早期復旧、避難生活の質の確保など、助かった命を災害関連死で失わないための取組です。この2本立てを重点化したことが、今回の改定の柱になっています。
減災目標の数値・期間・対象地域・具体目標数は、内閣府「南海トラフ地震防災対策推進基本計画」本文および「同 変更の概要」によります。推進地域の市町村数は内閣府「南海トラフ地震防災対策推進地域指定市町村一覧(令和7年7月1日現在)」によります。
8割減の内訳|どの対策が、どれだけ減らす計算か
ここからが本題です。「8割減」はスローガンではなく、どの対策でどれだけ減るという足し算の結果として示されています。内閣府は「南海トラフ地震の人的被害や物的被害を軽減するために必要な対策の組み合わせの一例」という参考資料で、その内訳を公開しています。
| 死者の要因 | 現状の想定 | 対策が進んだ場合の一例 |
|---|---|---|
| 建物倒壊 | 約7万3000人(住宅の耐震化率90パーセント) | 約2万6000人(耐震性が不十分なものをおおむね解消) |
| 津波 | 約21万5000人(早期避難率20パーセント) | 約3万8000人(早期避難率100パーセント、避難施設の整備を含む) |
| 地震火災 | 約8700人(感震ブレーカー設置率8パーセント) | 約1700人(感震ブレーカー設置率100パーセント) |
| 急傾斜地崩壊 | 約600人 | 約600人 |
| ブロック塀・自動販売機の転倒、屋外落下物 | 約20人 | 約20人 |
| 合計 | 約29万8000人 | 約6万6000人(約78パーセント減) |
この表を眺めていると、あることに気づきます。減っているのは、建物倒壊・津波・地震火災の3つだけなのです。急傾斜地崩壊とブロック塀等の数字は、対策後も変わっていません。裏を返せば、8割減という目標のほぼすべてが、この3つの要因をどれだけ抑えられるかにかかっているということになります。
そして内閣府は、この参考資料に重要な注記を添えています。おおむね8割のうち、約6割は津波からの早期避難意識の向上により達成することを目指す、というものです。なお、上の表の津波の欄は、早期避難率100パーセントと今後10年の避難施設の新規指定・整備を合わせた効果として示されており、この注記の「約6割」がそのどこまでを指すのかという内訳は、資料には示されていません。国が掲げた減災目標の最大の柱は、堤防でも建物でもなく、「人が早く逃げること」なのです。
注意
物的被害についても同じ資料に内訳があり、揺れによる全壊が約127万9000棟から約50万棟へ、地震火災による焼失が約76万7000棟から約23万6000棟へ減る一方、液状化(約11万棟)と急傾斜地崩壊(約6800棟)は変わらず、津波による被害は約18万8000棟から約22万9000棟へと増える計算になっています。資料にこの増加の理由の説明はないため、ここでは理由を断定できません。合計としては約235万棟から約108万3000棟(約54パーセント減)になるという整理です。「耐震化すれば何もかもが減る」という単純な話ではないことも、資料は正直に示しています。
対策の組み合わせによる減災効果の試算は、内閣府(防災担当)「南海トラフ地震の人的被害や物的被害を軽減するために必要な対策の組み合わせの一例」によります。人的被害は地震動が陸側、津波はケース1、冬・深夜、風速毎秒8メートル、物的被害は津波ケース5、冬・夕方、風速毎秒8メートルの条件です。
ここまで整理すると、家庭がやるべきことは自然に3つに絞られます。住宅の耐震性を確かめること、家具固定と屋内の安全と出火防止、そして早く逃げる仕組みをつくること。順番に見ていきます。
わが家の行動1|住宅の耐震性を確かめる
建物倒壊による死者は、冬・深夜のケースで約7万3000人と推計されています。被害想定の資料には、昭和56年以前に建築された建物の耐震化を促進することにより、この約7万3000人が約77パーセント減の約1万7000人に減少すると推計される、と明記されています。減少幅そのものは津波からの早期避難のほうが大きいのですが、外へ動くことを前提とせず、家の中で完結する対策としては最も大きな試算です。
推進基本計画の具体目標でも、住宅の耐震化率は推進地域(人口1万5000人未満の市町村を除く)で令和5年時点の90パーセントから、令和17年までに「耐震性が不十分なものをおおむね解消」することが掲げられ、特に重要な施策として印が付けられています。耐震化は所有者の判断で行われるものなので100パーセントとは書かず、それに近い状態を目指す表現になっている点も、計画自身が注記しています。
- 1
建てられた年を確認する
建築確認済証や検査済証、登記事項証明書、売買契約書などで建築年を確認します。1981年(昭和56年)5月31日以前に建築確認を受けた建物は、いわゆる旧耐震基準です。2000年(平成12年)以前の木造住宅にも、接合部や基礎の規定が異なる時期があります。 - 2
自治体の耐震診断制度を調べる
多くの市区町村が、旧耐震の木造住宅を対象に耐震診断の無料実施や費用補助、耐震改修の補助制度を用意しています。「(市区町村名) 耐震診断 補助」で検索するか、建築指導課などの窓口に問い合わせます。制度の対象年・金額・受付期間は自治体ごとに大きく異なります。 - 3
全部が無理なら一部から検討する
推進基本計画は、高齢者等の住宅について、資金不足等でやむを得ず本格的な耐震改修等を行えない場合でも地震からのリスクを低減するための方策として、段階的または部分的な耐震改修工事の実施、耐震シェルターや耐震ベッド等の導入を図るとしています。計画本文に「寝室」という言葉はありませんが、耐震シェルターや耐震ベッドは実際には寝ている場所を守る道具です。家全体が難しければ、まず寝ている場所から守るという考え方は、この記述の延長線上にあると私は受け止めています。 - 4
賃貸なら物件情報を確認する
賃貸住宅でも、建物の建築年は重要事項説明書や不動産情報サイトの「築年月」で確認できます。自分では改修できませんが、次の住み替えのときの判断材料になりますし、寝室の配置を工夫する動機にもなります。
わが家の耐震性を確かめる手順はこちら
わが家の耐震性を確かめる|1981年・2000年の基準の違いと、診断・補助制度・費用の目安
わが家の行動2|家具固定と屋内の安全、そして出火防止
耐震化はお金と時間がかかりますが、屋内の安全確保は今週末からでも取りかかれます。しかもこちらにも試算があります。
被害想定の資料によれば、建物倒壊による死者約7万3000人のうち、屋内収容物の移動・転倒や屋内落下物によるものが約5300人含まれています(建物被害による死者数と区別が難しいため参考値とされています)。そして、家具等の転倒・落下防止対策が進むことにより、この約5300人が約66パーセント減の約1800人に減少すると推計されています。この約5300人は建物倒壊による約7万3000人の内数で、耐震化の効果と重なる部分があるため、2つの効果を単純に足し合わせることはできません。
推進基本計画の具体目標では、家具の固定率は全国で令和4年時点の36パーセントから、令和17年までに60パーセントへ引き上げるとされています。裏を返せば、いま10軒中6軒以上の家庭は家具を固定していないということです。
- 1
寝ている場所の頭上と足元から始める
深夜の想定で被害が最大になる理由は単純で、寝ているときは逃げも避けもできないからです。まず寝室の背の高い家具、額縁、照明、上の棚の物から手をつけます。 - 2
避難経路をふさぐ家具を減らす
玄関や廊下、寝室のドアの動線上にある家具が倒れると、揺れが収まっても外に出られません。倒れる向きを変えるだけでも意味があります。 - 3
ガラスの飛散防止を組み合わせる
推進基本計画も、家具等の固定とガラス等の飛散防止をひとまとまりの対策として挙げています。窓ガラスや食器棚の扉は、フィルムや飛散防止シートで割れたときの被害を抑えられます。 - 4
賃貸でもできる方法を選ぶ
壁に穴を開けられない住まいでは、突っ張り棒とストッパーの併用、転倒防止マット、粘着タイプの固定具などを組み合わせます。完璧を目指すより、危険度の高い家具から順に減らしていく発想が続けやすいです。
家具固定と寝室の安全の進め方はこちら
家具の固定と寝室の安全対策|地震のけがを減らす週末1回の作業手順
出火を防ぐという、もうひとつの柱
地震火災による死者は、冬・深夜で約8700人、冬・夕で約2万1000人と、時間帯によって大きく変わります。夕方は火を使う家庭が多いためです。被害想定の資料は、感震ブレーカーの設置を促進することで、火災による死者が現時点で約2万1000人と想定されるものが約52パーセント減の約1万人に減少すると推計しています(陸側ケース、冬・夕、風速毎秒8メートルの場合)。
対策の組み合わせの一例では、感震ブレーカー設置率を現状の8パーセントから100パーセントにすると、冬・深夜の地震火災による死者が約8700人から約1700人になるという試算も示されています。設置率8パーセントという現状の低さが、逆にいえば伸びしろの大きさです。
メモ
感震ブレーカーと通電火災対策の基本はこちら
感震ブレーカーと通電火災対策|地震のあとの「電気の火事」を家庭で防ぐ
わが家の行動3|「すぐに逃げる」を仕組みにする
そして最大の柱です。津波による死者は、冬・深夜のケースで、早期避難率が低い場合に約21万5000人、早期避難率が高く津波情報の伝達や避難の呼びかけが効果的に行われた場合に約9万4000人と推計されています。被害想定の資料は、両者を比較すると津波による死者数に約2.3倍から約9.8倍の差が想定されるとし、さらに現状の避難開始率の場合と全員が発災後すぐに避難を開始した場合を比較すると、約2.9倍から約14.1倍の差が想定されるとしています。
報告書概要でも、早期避難意識が低い場合の約21.5万人に対し、全員が発災後10分で避難を開始した場合は約7.3万人と、7割減になる試算が図で示されています(地震動に対して堤防・水門が正常に機能し、現状で指定されている津波避難ビル等の活用を考慮した場合)。
「早期避難率」とは何を測っているのか
ここで注意したいのは、「早期避難率」が意識調査の点数ではなく、行動の分類だという点です。被害想定では、住民の行動を次の3つに分けて計算しています。
| 行動の種類 | 避難を始めるタイミング(想定) |
|---|---|
| 直接避難(すぐに避難する) | 発災の5分後(昼間)、10分後(夜間) |
| 用事後避難(避難するがすぐには避難しない) | 発災の15分後(昼間)、20分後(夜間) |
| 切迫避難あるいは避難しない | 津波を見てから避難する、または避難しない |
そして「早期避難率が低い場合」は直接避難が20パーセント、用事後避難が50パーセント、切迫避難あるいは避難しないが30パーセント。「早期避難率が高く、さらに呼びかけが効果的に行われた場合」は直接避難が70パーセント、用事後避難が30パーセント、切迫避難あるいは避難しないが0パーセントという設定です。参考として、令和5年に内閣府が実施した住民の避難意識調査の平均では、すぐに避難するが53.3パーセント、避難するがすぐには避難しないが37.5パーセント、切迫避難あるいは避難しないが9.2パーセントという結果が示されています。
つまり、生死を分ける差として計算されているのは、たった10分の判断です。「もう少し様子を見よう」「貴重品をまとめてから」「家族に連絡してから」という10分が、そのまま数字に反映されています。
- 1
自宅と職場・学校の浸水想定を見る
国土交通省のハザードマップポータルサイトや自治体のハザードマップで、津波浸水想定区域かどうか、想定される浸水の深さを確認します。沿岸だけでなく、河川をさかのぼる遡上も確認しておきます。 - 2
逃げる先を「高さ」で決める
避難場所は距離ではなく高さで選びます。指定された津波避難ビルや高台、避難タワーの位置を地図に落とし、自宅・職場・子どもの学校それぞれから最も近いものを決めておきます。 - 3
実際に歩いて時間を測る
想定では10分の差が問われます。地図上の距離ではなく、実際に歩いて何分かかるかを一度測っておきます。夜間や雨のときは同じようには歩けないことも織り込みます。 - 4
『待たない』を家族のルールにする
合流してから逃げるのではなく、それぞれがその場から一番早く高い場所へ逃げ、あとで安否確認をする。この順番を家族で共有しておくと、迷う時間がなくなります。安否確認は災害用伝言ダイヤル171などの手段を事前に決めておきます。 - 5
持ち出すものを玄関に寄せておく
「貴重品をまとめてから」の10分をなくす一番簡単な方法は、あらかじめまとめておくことです。持ち出し袋を玄関に置くだけで、判断の負荷が減ります。
津波避難の基本『より早く、より高く』はこちら
津波から命を守る避難|「より早く・より高く」の基本と家族で決めておくこと
注意
なお、南海トラフでは地震が時間差で発生する可能性があります。想定震源域やその周辺でマグニチュード6.8程度以上の地震が発生した場合などに調査が始まり、そのあとに起きる地震(後発地震)の可能性が平時と比べて相対的に高まったと評価されたときに発表されるのが「南海トラフ地震臨時情報」です。地震を予知するものではありません。推進地域では、「巨大地震警戒」なら1週間の警戒する措置(逃げ遅れるおそれのある地域では事前避難)、「巨大地震注意」なら1週間の注意する措置(日頃からの備えの再確認)と、とるべき対応が分かれます。ここで整理した避難のルールは、そのどちらの場合にもそのまま使えるものです。
臨時情報が出たときの動き方はこちら
「南海トラフ地震臨時情報」が出たら家庭は何をする?注意・警戒でやること
沿岸から離れた家庭が、先にやること
ここまでの話は津波が中心でしたが、震度6弱以上が想定される600市町村には、津波浸水想定のない内陸の市町村も含まれます。ただし、沿岸に近い地域では想定の有無が細かく分かれますし、河川をさかのぼる遡上もあります。津波の心配があるかどうかは、自己判断せず必ず自治体のハザードマップで確認してください。そのうえで「うちは海から遠いから関係ない」と思われた方にこそ、順番を整理しておきたいと思います。
内陸の家庭にとって、8割減の内訳のうち関係するのは建物倒壊(約7万3000人)と地震火災です。地震火災は、内訳表と同じ冬・深夜の条件で約8700人、火を使う家庭が多い冬・夕という別条件なら約2万1000人と、時間帯で大きく変わります。この2つは津波と違って、逃げる先を確保するのではなく、家そのものを安全にすることでしか減らせません。つまり内陸の家庭では、まず耐震化。次に、時間帯によっては影響の大きい出火防止、そして寝ている場所を守る家具固定、という順番になります。
もうひとつ、内陸の家庭で見落とされがちなのが備蓄です。推進基本計画は、被災地域では自活のため最低でも3日間、可能な限り1週間分程度の備えへの理解を進めることに取り組むとしています。また、地震防災上必要な教育及び広報の項目でも、地域住民等自らが実施し得る、最低でも3日間、可能な限り1週間分程度の生活必需品の備蓄、家具の固定、出火防止等の平素からの対策が挙げられています。
南海トラフ地震では被災範囲が超広域になるため、外からの支援がすぐには届かない可能性が指摘されています。報告書概要も、被害の防止・軽減のためには住宅の耐震化や家庭での備蓄、迅速な避難行動に取り組むことが重要だと明記しています。沿岸の家庭が「逃げる」で命を守るのに対し、内陸の家庭は「家で耐える」ための備えが軸になる、と整理するとわかりやすいかもしれません。
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数字に振り回されず、わが家の10年計画に落とし込む
最後に、この種の大きな数字とのつきあい方について、資料自身が述べていることを紹介します。
内閣府の報告書概要には、「被害想定の大小や増減だけに焦点を当てたり、一喜一憂したりすることなく、国民・事業者・地域・行政が、とるべき対策を着実に実施することが必要」と書かれています。また被害想定の資料は、今回の推計が前回(平成24年8月・平成25年3月公表)の手法を近年の知見を踏まえて見直したうえで最新データで再計算したものであること、各項目の被害想定手法は必ずしも確立されたものではないこと、そして本被害様相はあくまで一つの想定であり、実際に地震が発生した場合にこの通りの事象が発生するものではないことに留意が必要だと明記しています。
数字は、恐れるためのものではなく、順番を決めるためのものです。減災目標を達成するための具体目標が、基本的に令和8年度、つまり2026年度から10年間で達成すべきものとされているのは、それだけの積み上げが要るという意味であって、家庭に10年の猶予があるという意味ではありません。計画自身も「南海トラフ地震の発生確率は今後30年以内に約80パーセント程度と推定されていることから、事前の対策に費やすことができる時間と内容には限りがある」としています。だからこそ、10年かけて全部やるのではなく、効果の大きいものから先に着手する順番が要ります。
今年度中にできること(1年目)
- 自宅の建築年を確認し、旧耐震かどうかを把握する
- 自治体の耐震診断・耐震改修の補助制度の有無と条件を調べる
- 寝室の背の高い家具と、上の棚の落下物を先に対処する
- 自宅・職場・学校のハザードマップで揺れと浸水の想定を確認する
- 津波浸水想定区域なら、逃げる先を高さで決めて実際に歩く
- 家族の『合流を待たずに逃げる』ルールと安否確認手段を決める
- 備蓄を最低3日分、できれば1週間分に近づける
数年かけて進めること(2年目以降)
- 耐震診断の結果に応じて、部分改修や耐震シェルターも含めて検討する
- 感震ブレーカーの設置を、住宅の配線状況に合った方法で検討する
- 窓や食器棚のガラス飛散防止を進める
- 年1回、家具固定と備蓄と避難ルールを点検する日を決める
- 地域の防災訓練や津波避難訓練に一度は参加してみる
- 自治体の推進計画やハザードマップが更新されたら見直す
国の減災目標が10年でおおむね8割減を掲げていて、そのうち約6割を早期避難意識の向上で達成しようとしている以上、この目標は行政の工事だけでは届きません。各家庭が少しずつ動くことが、そのまま目標の達成度になります。逆にいえば、わが家の一歩が減災目標の一部だということでもあります。
同じ地震・津波をテーマにした記事として、令和8年版防災白書を読み解いたものもあります。白書の記事が国全体の課題認識をたどるものであるのに対し、この記事は被害想定と減災目標の数字をわが家の行動に割り算することに絞っています。あわせて読むと、国の見立てと自分の作業リストがつながりやすくなります。
令和8年版防災白書の読み解きはこちら
令和8年版防災白書「国難級の地震・津波」を家庭目線で読み解く
防災庁の発足で変わること・変わらないことはこちら
防災庁ができると何が変わる?|2026年7月成立の設置法と、わが家の備えの点検ポイント
よくある質問
『死者29万8000人』は必ずそうなるということですか
減災目標の『10年』はいつからいつまでですか
8割減のうち、家庭ができることの比重はどのくらいですか
内陸に住んでいます。南海トラフ地震の備えは必要ですか
具体目標が48個から205個に増えたのは何のためですか
家具を固定すると、どのくらい効果があるのですか
まとめ|大きな数字を、小さな行動に割り算する
新しい被害想定と改定された推進基本計画を並べて読むと、国が示したかったことがはっきりします。最大クラスの被害は確かに厳しい。けれど、その内訳の大部分は、住宅の耐震化と出火防止と早期避難という、家庭の手が届く対策で減らせる計算になっている。だから今後10年でおおむね8割減という目標を立てた。そういう構造です。
29万8000人という数字を前にすると、個人にできることなど無いように感じます。でも内訳を開けば、そこにあるのは「寝室の本棚を固定する」「建築年を調べて市役所に電話する」「逃げる先まで一度歩いてみる」といった、ひとつずつは地味な行動の集まりでした。国の減災目標の6割を担っているのは、10分早く動き出すという判断です。
具体目標の達成期限は、2026年度から10年。まずは今日、自宅の建築年を確かめるか、ハザードマップを開くか、寝室の家具をひとつ固定するか。どれか一つで構いません。「もしも」の数字を、「いつも」の行動に割り算していきましょう。
出典・参考
- 南海トラフ地震対策/内閣府防災情報のページ
- 南海トラフ巨大地震対策検討ワーキンググループ(令和5年~)/内閣府防災情報のページ
- 最大クラス地震における被害想定について(定量的な被害量)/中央防災会議 防災対策実行会議 南海トラフ巨大地震対策検討ワーキンググループ
- 南海トラフ地震の人的被害や物的被害を軽減するために必要な対策の組み合わせの一例/内閣府(防災担当)
- 南海トラフ巨大地震対策検討ワーキンググループ報告書 概要/中央防災会議 防災対策実行会議 南海トラフ巨大地震対策検討ワーキンググループ
- 南海トラフ地震防災対策推進基本計画(令和7年7月1日 中央防災会議)本文/内閣府
- 南海トラフ地震防災対策推進基本計画の概要/内閣府
- 南海トラフ地震防災対策推進基本計画の変更の概要/内閣府
- 南海トラフ地震防災対策推進地域指定市町村一覧(令和7年7月1日現在)/内閣府
- 令和7年7月1日 中央防災会議/首相官邸
- ハザードマップポータルサイト/国土交通省
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